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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1718号 判決

原告 山木三郎

被告 有限会社久保田商事

主文

被告は原告に対し金三万円及びこれに対する昭和三十二年三月十八日から右支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十三万五百九十円及びこれに対する昭和三十二年三月十八日から右支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、「被告有限会社久保田商事は横浜市鶴見区平安町一丁目百六十四番地において木箱等の製造販売を業とするものであるが、昭和三十一年三月一日被告会社の自動車運転者訴外渡部正夫は被告会社所有の自家用普通貨物四輪自動車(以下トラツクと略称する)に貨物を満載して被告会社の事業を執行中、同日午後五時十分ごろ、東京都大田区小林町五番地先を池上駅方面から多摩川土手方面に向つて幅八米の道路を進行中、右道路と蒲田駅方面から京浜第二国道に通ずる幅十一米の道路とが交さする同所の交さ点において、折から右十一米道路を蒲田駅方面から京浜第二国道方面に向つて右交さ点附近に進行してきた原告の運転するスクーターを前記トラツクの左後方部に衝突させて、原告に顔面挫創等の傷害を負わせたものである。右運転者渡部は原告スクーター進行の十一米道路よりも狭く且つ交通量の少ない八米道路から右十一米道路に入るに際して、交さ点の入口で一時停車又は警笛を吹鳴して除行することを怠り原告のスクーターが交さ点附近を時速三十粁で進行中であることに気づかず、時速三四十粁位の速さのまま右交さ点に進入しこれを横断しようとしたので、原告はとつさに衝突をさけるため被告会社トラツクの後方を通過しようとスクーターのハンドルを右の方に切つたが、その時には右両車輌の距離は僅か九、三米に過ぎなかつたので、さらに原告は急停車を試みたが間に合わず、遂に原告のスクーターは被告会社トラツクの左後方部に追突したものであつて、ひつきよう右事故は渡部が自動車運転者として狭い道路より広い道路に入る際の一時停車又は警笛吹鳴除行及び交さ点における左方車の優先等の注意義務に違反したことに起因するものであるから、右運転者渡部の使用者である被告会社はこれによつて原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。すなわち前記身体の受傷のため原告は三週間休業加療しそのための治療代として金四万二千七百七十円、その他諸雑費金六千六百二十円を各支出し、又原告は本件事故当時東京都中央区宝町一丁目四番地所在の洋品雑貨の卸売を業とする訴外株式会社山木茂助商店の取締役として月収金二万円を得ていたが前記三週間の休業のため金一万円の得べかりし利益を喪失したものであり又原告は本件受傷のため精神的、肉体的苦痛を蒙りこれを慰藉すべき金額は金五万円が相当であるから被告は当然これが賠償の義務がある。また本件事故により原告のスクーターは大破し右修理代として金五万一千二百円を費さねばならないから被告は右金員相当の損害賠償の義務がある。しかるところ損害額のうち原告は自動車損害賠償保障法に基き金三万円を受領したので右金員を控除し、ここに被告に対し合計金十三万五百九十円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十二年三月十八日から右支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。」と述べ、被告の主張事実に対し「被告会社が運転者渡部の選任、監督について相当の注意をなしたということは知らないその他の事実は否認する。本件は被告会社のトラツクと原告のスクーターは同時に交さ点に進入しようとしていたもので、右トラツクが先に進入していたものではなく従つて被告会社トラツクの左方を進行していた原告のスクーターに進路の優先権があるのであつて原告には過失がない。」と述べ、

立証として甲第一ないし第四号証を提出し、証人久保田七蔵の証言、及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として「原告主張のころ、主張の場所において、被告会社の自動車運転者渡部正夫が被告会社の事業の執行のため被告所有のトラツクを運転中、原告の運転するスクーターと衝突したことは認めるが右事故が渡部の運転上の過失に基くことは否認し、その余の原告主張事実は知らない。本件事故現場で交さする両道路はその幅員も交通量も大差はない上、運転者渡部は本件事故現場の道路を走行するのははじめてであつたので特に時速十粁程度に減速し警笛を吹鳴しながら周囲に注意をして進行していたのであり、本件交さ点に入る際も同人は交さする道路上左方約二三十米後方に原告のスクーターが進行しているのを認めたが、先に交さ点に進入した被告会社のトラツクの方が通行順位が優先するので、原告のスクーターは除行して道を譲るものと考え、交さ点に除行して進入し道路を横断し向う側に通りぬけようとした時、原告のスクーターが右トラツクの左後方部に衝突したものであつて、本件事故は全く交さ点における車馬等の通行順位を遵守すべき注意義務に違反した原告の過失に起因するものであり、被告会社運転者渡部には過失はない、しかも被告会社は渡部が運転免許を有しかつて事故を起したことがないのでこれを選任したのでありまた被告会社は営業上薬品等の危険物を取扱うため常に厳重な注意をしており、同人の選任及び事業の監督につき相当の注意を怠らなかつたのであるから、仮りに右渡部に過失があるとしても被告には責任がない。仮りに被告が損害賠償の義務を負うとしても前記原告の過失は賠償額の算定にあたつて斟酌すべきである。」と述べ、

立証として証人加藤種尾、同渡部正夫の各証言及び被告代表者尋問の結果を援用し、甲第一号証は官公署作成部分の成立は認めるがその他は不知、第二、三号証は不知、第四号証は成立を認めると述べた。

理由

被告が原告主張の事業を営むもので、原告主張のころ、主張の場所において被告会社の自動車運転者渡部正夫が被告会社の事業の執行のため被告会社所有のトラツクを運転中、原告の運転するスクーターと衝突したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証、証人久保田七蔵の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証と同証言及び証人加藤種尾、同渡部正夫の各証言ならびに原告本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせると次の事実を認めることができるすなわち渡部正夫は被告会社所有のトラツクに訴外加藤種尾を助手として同乗させた上右トラツクを運転して、被告会社の命により訴外大日本塗料株式会社の製品を東京都世田谷区堤方町の上田塗料店に配達し、それを終つてホルマリンの空びん五六十本を積んで横浜市へ帰る途中、池上駅方面から多摩川土手方面に向つて幅約八米の道路を進行して、本件事故現場の交さ点にさしかかつたのであるが、現場は交さ点の左右の見通しが悪く、運転者渡部は右交さ点の手前で運転助手加藤種尾とともに除行標識を認めたので、時速十粁程度に減速しながら一時停車はすることなく、たんに警笛を鳴らして事故現場の交さ点に進入したところ、交さする幅約十一米の道路(この道路は中央部約八米のみ舗装されていた)の左後方三四十米のところを蒲田駅方面より京浜第二国道方面へ進行中の原告運転のスクーターが接近するのを認めたが、右渡部はスクーターは当然交さ点を横切るために減速するものと考え、自らはこれより先に交さ点を横断しようとして、そのまま進行を続け、一方原告は当時被告会社のトラツクが右交さ点に進入してきたのを認めながら、かえつてトラツクの方で除行するものと判断して自分はなんら減速せずに時速三十二粁位で進行したため両車の間は急速に接近し、トラツクが交さ点の中ごろを過ぎた地点で原告はあわてて右トラツクの後方にまわろうとしてハンドルを右に切つたが及ばず、ついに右トラツクの左後方部に衝突したという次第である。右認定に反する証人渡部正夫、原告本人の各供述はいずれも信用しない。

以上の事実によつて考えると渡部正夫は自動車運転者として右のように狭い道路から広い道路に通ずる見通しの悪い交さ点に入ろうとする時は一時停車するか又は除行して交さする広い道路を進行中の原告のスクーターの進行速度と距離とを比較した上、事情により原告のスクーターが完全に交さ点を通過した後同所に進入するか、又は右スクーターがトラツクと接触衝突することのないことを見定めてはじめて始動し、十分注意をしながら道路を横断する等、事故の発生を未然に防止する注意義務があるにもかかわらずこれを怠り漫然原告のスクーターが除行するものと速断の上あえて車を進行させ、よつて本件事故を発生させたものというべきであり、ひつきよう運転者渡部正夫の過失によるものといわなければならない。そして原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証ならびに右原告本人の供述によると、本件事故のため原告は顔面挫創、脳震盪症、右肘部左下腿挫傷の傷害をこうむつたほかその所有のスクーターを大破するにいたつたことが認められる。被告は右トラツクを自己のために運行の用に供するものであるから、原告が右事故の結果身体を害せられたことによりこうむつた損害については自動車損害賠償保障法第三条により、その余の損害については民法第七百十五条により、それぞれこれが賠償の義務がある。(原告は本件損害賠償の請求についてとくに自動車損害賠償保障法による旨主張しないけれども、同法は民法の特別法であり、同法の要件に該当する場合においては当然その適用があるものというべきであるから、原告の本件傷害にもとずく損害については原告の主張の有無にかかわらずこれを適用する)。

そこで損害賠償の額について考えるに、右甲第二、三号証及び原告本人の供述に本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、原告は右衝突現場から直ちに附近の木村病院に運ばれ応急処置を受けその治療費として少くとも金一万円を支払つたほか、歯の破損の治療費胸部の電気治療費その他病院の往復の車代等の出費を余儀なくされ、それら治療費の合計は少くとも金四万円を下らず、又原告所有のスクーターは破損し結局廃車にせざるをえなかつたが右スクーターを修理するためには金五万一千二百円を要するものと認められるから右金額がスクーター破損による損害と解すべきである。

次に原告本人尋問の結果によると、原告は法政大学経済学部を卒業し、本件事故当時三十三才の青年であつたが、右事故により歯の破損が元通りにはならず鼻もやや曲り、取締役としての会社の取引活動に少からざる支障をきたし、ために精神上、肉体上の苦痛をこうむつたことは窺知することができるので、これらの事情にかんがみその慰藉料の額は金一万円を相当とする。さらに原告は事故のため得べかりし利益金一万円を喪つたと主張するが、原告本人尋問の結果によると、当時原告はその兄と共同して洋傘の卸売を業とする株式会社山木茂助商店を経営しその取締役として同社から給料月額金三万二千円を得ていたが、本件事故による入院加療のため約一ケ月近く営業活動を阻害され、その間自然取引量も減少したことはこれを窺い得ないことはないが、これはいちおう右会社の損害といい得ても、これをもつて直ちに原告が得べかりし利益を喪失したものとはいい得ず、その他にこれを認めるべき証拠はない。従つて原告のこうむつた損害は結局合計金十万一千二百円となる。

被告は右渡部の使用者として同人の選任及び事業の監督につき相当の注意をしたから責任がない旨主張するけれども、自己のために自動車を運行の用に供する者が自動車の運行によつて他人の生命、身体を侵害しもつて同人に財産上、精神上の損害を生ぜしめた場合には、右自動車の保有者の責任については自動車損害賠償保障法により同法第三条がまず適用され、その余の点については民法の規定によることと定められているところ右自動車損害賠償保障法第三条によれば自動車の保有者は、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと、ならびに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことの三点をすべて立証しなければ他人の生命又は身体を害したことによる損害賠償責任を免れえないのであるところ、民法第七百十五条第一項但書は使用者が被用者の選任、監督につき相当の注意をしたこと又は相当の注意をしても損害が生ずべかりしときは使用者の責任を免れしめようとするものであるから全く前記自動車損害賠償保障法第三条の趣旨とむじゆんするものである。従つてこの点については民法に対する特別法たる右保障法第三条のみが適用され、民法第七百十五条第一項但書はその適用はないものといわなければならない。しかし生命又は身体の傷害によるもの以外の損害については自動車の保有者である使用者はなお民法第七百十五条に基いて損害賠償責任を負うとともに同条第一項但書によつてまたその責任を免れ得るものであるところ、証人加藤種尾、同渡部正夫の各証言及び被告会社代表者尋問の結果によつては、被告が前記渡部の使用者として同人の選任及び事業の監督につき相当の注意をなしたと認めるには十分でなく、その他にこれを認めるに足る的確な証拠はないから右主張は失当として排斥する。

さらに被告は本件事故については原告にも過失があると主張するので検討するに、成立に争いのない甲第四号証と証人久保田七蔵の証言ならびに原告本人尋問の結果(前記排斥にかかる部分を除く)に前認定の事実をあわせると、原告は現場三四十米手前で被告会社のトラツクが交さ点に入ろうとするのを認めていながら、もつぱらトラツクの方で除行するものとして自らはなんら減速をせずそのまま時速三十二粁で進行してきて、右トラツクの後部と九米位に接近したときにはじめて衝突の危険を感じ、スクーターのハンドルを右に切るとともに急ブレーキをかけたがついに間に合わず事故を生じたことが認められる。してみると原告としては交さ点にすでに進入していた被告会社のトラツクに対してその注意を怠らず、右トラツクがそのまま進入を続けるならば自分はこれに進路を譲るよう減速除行すべき義務があるにもかかわらずこれを怠つたものとして原告にもまた過失があり、これが本件事故発生の一因を作つたものといわなければならない。しかしこの事実は被告会社の賠償責任を免れさせるものではなく、損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきものである。

よつて両者の過失に関する前記認定の各事実を比較し、本件にあらわれた一切の事情を斟酌すれば、結局原告の損害額は前記認定の損害額の範囲内において金六万円と定めるのが相当である。従つて原告は被告に対して右金額の損害賠償請求権を有するところ、原告が本件事故につき自動車損害賠償保障法に基き保険会社より金三万円の損害賠償額の支払を受けたことはその自認するところであるから、結局被告は右金額を控除した残額金三万円について賠償義務あるもその余の部分についてはその義務のないこと明らかである。

よつて原告の本訴請求中被告に対し金三万円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和三十二年三月十八日から右支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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